『水野塾』塾長
水野 隆徳
(みずの たかのり)

<『安岡正篤先生と禅』の刊行>

 私の人生も七十年代後半に入りました。晩年を如何に生きるかーそれを真剣に模索する過程で閃いたのが「年一冊の本の出版」という人生最後の著作プロジェクトです。
 その第一作が『安岡正篤先生と禅』(明徳出版社)。私は七十六歳の一年間、全精力をその執筆に傾注しました。全体で四百十ページ、関連する先生の殆どの著作や他の仏教書・禅書等にも目を通し完成させました。七十年代中ばになっても人間にはこのようなエネルギーが湧いてくるのかと改めて驚きました。

 安岡正篤氏は、東洋思想の碩学、或いは陽明学者として著名でありますが、多数の著作には仏教・禅に関する記述が限りなく見られ、引用されている仏典・禅書も古代インドから中国、近代日本に至るまで驚くほど多岐にわたっています。又、氏には『禅と陽明学』『日本精神の研究』『日本精神通義』『光明蔵』など禅的・仏教的にも燦然と輝く著作があります。
 『安岡正篤先生と禅』は、その中から仏教と禅に焦点を当て安岡教学に新しい命を吹き込もうという試みです。
 特に、下記の点に注目して下さい。
 ・道元禅師・崇高なる自由
 ・親鸞上人・易行門と難行門
 ・達磨禅・慧能禅・百丈禅
 ・安岡先生と公案
 ・禅の悟りと王陽明の良知

<『安岡正篤先生と親鸞』の刊行>

 次いで七十七歳の一年間は安岡先生の著作の中から親鸞に着目。『安岡正篤先生と親鸞』の執筆に没頭しました。
 私は禅の修行者です。何故浄土真宗の親鸞に関心を持ったのか。
 安岡先生は著作の中で「念仏は易行門ではなく難行門である」との見解を示されています。一般的に仏教の解説書には
 ・禅は難行門・自力門
 ・念仏は易行門・他力門
 と記されています。禅修行者の私もそう思っていました。ところが安岡先生の見解は全く逆です。私はその論拠に感銘を受ける一方、それを世に問うことを思い立ちました。
 もう一つ私が関心を持ったのは、野間宏・服部之総・武田泰淳・三木清のような左翼思想家も三井甲之・蓑田胸喜のような右翼思想家も親鸞主義者だったことです。更に倉田百三・亀井勝一郎・吉川英治・丹羽文雄・五木寛之など親鸞に惹かれた思想家・小説家は数多くいます。
 親鸞の念仏・他力門はなぜかくも多くの人を引きつけるのか。
 『安岡正篤先生と親鸞』はこのテーマに取り組んでいます。今春(2018年)明徳出版社から発売予定です。

<2018年人生最後の著作プロジェクト・第三作を執筆中>

 松尾芭蕉は死の直前、去来が辞世の句をお願いしたのに対し、次のように語りました。
 「きのふの発句は今日の辞世。けふの発句は明日の辞世。われ生涯いひすてし句々一句として辞世ならざるはなし」
 七十代も中ばを過ぎた今、私は常にこの言葉を心に刻んで文章を綴っています。
 今執筆中の『安岡正篤先生と天皇』は明日の辞世の書です。改元を平成三十一年に控えているため、今回だけは仏教をシリーズのテーマからはずしてあります。

<向嶽寺塔頭「真忠軒への入寺」>

 2015年私は、臨済宗大本山向嶽寺派管長の瑞松軒老大師様より塔頭・真忠軒への入寺という有難いお話を頂戴しました。山梨県甲州市にある塩の山の麓、静寂な環境の下で坐禅、読書、草木・竹の伐採、草取りと禅修行に励んでおります。中での生活は一室のみ、テレビ・ラジオもない至って素朴なもの、今風、方丈記です。
 今の私の心を示します。およそ八百年前臨済宗を宋から本朝にもたらした栄西禅師の言葉です。
 「大いなる哉心や。天の高き極むべからず。しかるに心は天の上に出づ。地の厚き測るべからず。しかるに心は地の下に出づ。日月の光は踰ゆべからず。しかるに心は日月光明の表に出づ。大千世界は窮むべからず。しかるに心は大千世界の外に出づ」
 私はここ真忠軒の宇宙空間の中で不思議な心の飛翔に浸っています。言葉・文章・アイディア構想がさざ波の如く、大きな波の如く、また雲の流れの如く、さらに樹々の間を吹き抜ける風の如く湧いてくるのです。これはいまだかつてなかった体験です。
 ここから何が生まれてくるか、目指すものはありますが結果は分りません。恐らく数年後になるでしょう。

<『水野塾』での講義>(後述)

<『ザ・ワールド』での講義>(後述)


<経   歴> 
    
東京大学卒業後、富士銀行に入行。在職中はニューヨーク駐在シニア・エコノミストなどを歴任。
84年に独立。(社)金融財政事情研究会ニューヨーク事務所長等を経て国際エコノミストに転身。
ウォール街の事情や米国経済に精通し、英語で日米の経済・金融に切込む。
経済・国際金融関連のコンサルティング、執筆、講演など多方面で精力的に活動。
1986年に『ザ・ワールド』を設立。国内外の経済・金融情報を分析して独自の経済予測、株価、為替、金利の予測を提供している。
2002年に『水野塾』を設立。安岡正篤哲学と禅に基づいて政道、経営道、人道、マスコミ道を説く新境地を開拓している。

   
1940年 静岡県に臨済宗の円泉寺の長男として生まれる
1965年 東京大学教養学部卒業後、富士銀行に入行
企画部勤務、通産省石油開発公団へ出向の後、調査部シニア・エコノミストとしてニューヨーク駐在
「ウォール・ストリート・ジャーナル」「ビジネス・ウィーク」「ニューヨーク・タイムズ」等に、日本経済や産業、金融問題への見解が掲載される
1984年 独立。国際問題研究開発センター主任研究員(〜1958年)
1985年 静岡県沼津市で『TIME』(タイム)の会を設立(〜1956年)
1986年 ・(有)クオリティ・コンサルティングを設立
国際経済・金融を専門とする国際エコノミストとして活躍
・白隠宗総本山松蔭寺の中島玄奘老師に弟子入り
・沼津市と天竜市で『THE WORLD』(ザ・ワールド)の会を主宰
1989年 (社)金融財政事情研究会のニューヨーク事務所長(初代)(1989年4月〜1991年)
1991年 みちのく銀行顧問 (1991〜2004年)
1994年 清水銀行社外監査役、顧問 (1986〜2004年)
2001年 ・(社)郷学研修所・安岡記念館にて安岡哲学の本格的研究を始める
・臨済宗大本山向嶽寺の瑞松軒宮本大峰老大師の下で禅の本格的修業を始める
・赤根祥道氏の『赤根塾』を引き継ぎ講義を始める
2002年 ・東京で『水野塾』設立。一燈照隅・万燈照国の運動に乗り出す
・沼津、三島、大阪、名古屋に『水野塾』設立(沼津のみ現在に至る)
・『マスコミから盗作をなくす会』の設立を企画
2003年 ・新しい経営者像の会(AKK)幹事
・インベスター&エグゼクティブ・ネットワーク 世話人
2004年 ・(社)郷学研修所・安岡記念館評議委員(〜2013年3月)
・富士常葉大学副学長・教授
2005年 ・富士常葉大学 学長・教授(2005年4月〜2007年3月)
(学)常葉学園理事(2005年5月〜2007年3月)
2006年 富士山クラブ 理事
2007年 ・仏教経済学・仏教経営倫理学の構築に着手
・花園大学『禅学研究會』 入会
・『鈴木正三研究会』入会
・『小川山岡鉄舟会』入会
2008年 ・(株)アイエスエイ学校経営コンサルティング部顧問(2008年4月〜2009年3月)
・(株)アイエスエイ監査役(2008年1月〜)
・『武士道研究会』入会
2009年 (学)奈良学園 理事(2009年4月〜2013年3月)
2013年 ・(公益財団法人)郷学研修所・安岡正篤記念館理事(2013年4月〜)
・(公益社団法人)『自彊術普及会』入会
2014年 ・三島市の委嘱により『三島若者元気塾』塾長に就任(2014年4月〜)
・三島に『壺中天ぷち文化サロン』設立
・臨済宗大本山向嶽寺の塔頭・真忠軒へ入寺
 


八十才にして人生最も輝く

私も人生の節目・節目において、中国や日本の聖人・賢人の言葉を意識する年になってきました。又、人生の終末を意識するようになってきました。

孔子に有名な次の言葉があります。

「十有五にして学に志し、三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず」

私は孔子の境涯にはとても達しておりませんが、蘧伯玉の次の言葉を心に銘じて60年代を生きてきました。

「行年五十にして四十九年の非を知り、六十にして六十化す」

私の目標は「八十才にして人生最も輝く」です。そのために、2007年からの13年間を3つの段階に分けた下記の人生計画をたてました。



<第一段階>(2007〜2009年)

研究・執筆活動に新境地

仏教経営倫理学の構築を目指し、『禅文化研究所紀要』(花園大学禅文化研究所)、『論叢〇松下幸之助』(PHP研究所)等に、精力的に論文を執筆しました。
テーマはそれぞれ鈴木正三の職業倫理と松下幸之助の経営哲学と仏教思想です。

又、『中外日報』に「仏教を経営に生かす」を12回連載しました。

2008年11月29日に開催された第79回『禅学研究会学術大会』では
「鈴木正三の職業倫理−その封建制と近代性」について研究成果を発表しました。


<第二段階>(2010〜2012年)

読書目標

2010年には古稀を迎えたため、七十歳代を有意義な十年とすべく『白隠禅師法語全集』全十四巻(禅文化研究所)を完読する目標を立て、達成しました。

2011年には、『無門関』を365回読む目標を立て、達成しました。

2012年には、『臨済録』を150回読む目標を立て、達成しました。


水野塾講義に於て塾生と共に精神の高みを究める

水野塾は次の三つの構成で講義を行っております。

(1) 時局講義
(2) 『百朝集』を全員で読む
(3) 安岡正篤『日本精神の研究』をテキストに講義
  本著は安岡教学を代表する四部作の一つですが、最も難解かつ精神性の高いもので、これを通じ、@義とは何か A義を貫いた人物の思想と人生を学んでいます

《2009年》
『日本精神の研究』の 学問と義憤−大鹽中齋論− を講義しました。

《2010年》
『日本精神の研究』の 崇嚴なる自由−道元禪師の生涯とその戒法について を講義しました。

《2011年》
『日本精神の研究』の 敬と知と勇(好意と直観)−蒼海副島種臣伯について− を講義しました。


《2012年》
『武士の家訓』、『葉隠』、新渡戸稲造著『武士道』等をテキストに武士道について講義しました。



<第三段階>(2013〜2015年)


水野塾の質的向上に注力

近年、塾生の皆さんの向学心が驚くほど高まっています。このため、この三年間で坐禅修養、講義の内容を一段と充実させるべく力を入れています。

《2013年》
山田方谷の教えと業績を講義しました。

《2014年》
由利公正の生き方と業績を講義しました。

《2015年》
日本精神より観たる無抵抗主義運動−ガンディイズム−を講義しました。


読書目標

《2013年》
歴代の禅僧『慧能』、『神会』、『趙州』、『洞山』、『雲門』、『雪峰』(臨川書店刊)を各2回、慧能禅師の『六祖壇経』を12回読みました。

《2014年》
『修證義』『寳鏡三昧』を各365回、原田祖岳禅師の『修証義講話』(上・下)と岸沢惟安禅師の『宝鏡三昧歌講話』を各2回読みました。

禅修行 −向嶽寺での修行−

自己の精神を鍛錬・涵養する為、臨済宗大本山向嶽寺管長、瑞松軒宮本大峰老大師の下で禅修行を続けています。丸十五年になりますが、師ならびに祖師方の高みを仰ぎ見るとき、一歩一歩の尊さを覚えます。
5、6、7月の雨安居、11、12、1月の冬安居の接心は年とともに力が入ってきています。近年若者の僧堂修業はなかなか長続きしませんが、是非仏道修行に志す雲水が増えてきて欲しいと思います。

禅修行 −臨済禅師・白隠禅師報恩行事に積極参加−

「臨済禅師・白隠禅師報恩座禅会」には日程調整のつく限り参加、廣園僧堂、向嶽僧堂、正眼僧堂、虎渓僧堂、龍澤僧堂の座禅会を経験する機会を得て、それぞれ異なる歴史・伝統・禅風に接すると共に、各老師様のご高説を拝聴することが出来ました。これ程回数を踏んだ方は全国でも余りいないのではないでしょうか。
私にとっては人生での歴史的経験です。
その他円覚寺の横田南嶺老師のご講演やさまざまなフォーラム、公開講座にも参加しました。


<第四段階>(2016〜2020年)

「八十にして人生最も輝く」ための過程もいよいよ第四段階(最終段階)に入りました。

《2016年》
第四段階の最初の年、私は、公益財団法人郷学研究所・安岡正篤記念館の「地方人材と郷学作興の研究会」において『安岡正篤先生と禅』と題して講義する機会を得ました。研究会の主旨は次のような内容でした。

「儒教はどこまでも現実的というけれども、そこに命だ、時だ、運だという問題になってゆきますと、これは非常に深遠な問題、深遠な思索であり、それにまた命に従う、あるいは運を開くという問題になったら、これは浄土門の佛や、弥陀の慈悲にすがるというのと同工異曲、同じことでもある。だから…少し奥へ入って行けば真理は一つ、諸教は帰するところみな同じである。儒から入っても、佛から入っても、あるいは老荘から入っても、深くさらに行くというと融通無碍である。」(『禅と陽明学』)

私の講義はこの主旨に合致し、安岡教学をこれまでにない視点から分析したものとの評価を得て、明徳出版社より『安岡正篤先生と禅』と題して刊行しました。
注目点については先に記してあります。

2016年の『水野塾』では二宮金次郎を講じました。二宮翁については少年時代薪を背負いながら『大学』を読んでいる姿をイメージしますが「ピューリタニズムの精神をもつ資本家」という観点から講義をしています。

第一作として『安岡正篤先生と禅』の執筆に全力を傾注し、2017年1月に刊行となりました。

《2017年》
2017年の『水野塾』では「安岡正篤と天皇」を講じました。

遺書の執筆に着手

第二作として『安岡正篤先生と親鸞』を執筆しました。
親鸞を理解する為、『教行信證』やほとんどの和讃に目を通し、「念仏は難行門」と自己流の公案に一年間、真剣に取り組みました。
一般的には「禅は難行門、念仏は易行門」と言われていますから禅修行者の私にとってはかつてない経験となりました。今春刊行予定です。

《2018年》
第三作として『安岡正篤先生と天皇』の執筆に着手しています。

読書目標

2018年の目標は3つ。
1つは、白隠禅師250年の遠忌を終えて禅師の著作を新しい角度から読み返します。
2つは、天皇論を多角的に渉猟します。
最後に昨年私は、親鸞を学ぶ過程で数十年ぶりに五木寛之、丹羽文雄、武田泰淳、倉田百三、坪田宏、三木清などの著作を読み返す機会を得ました。
青春時代の読書の記憶が蘇み返り、懐かしい感慨にふけりました。
今年は親鸞研究の延長としてドストエフスキーの『罪と罰』、モンテーニュの『随想録』を読み直してみるつもりです。