要旨

色即是空

空即是空

陰陽

道を究めて天命を知る

剪定は美しく



さらに理解を深めたい方は








政官財・・・賢者はどこに
「自らを律する精神」が欠如


バブルの余毒に浸る最大の問題は"心の不況"

慎むべき欲望の追求。まず偽政者が率先垂範を

厳しい日本を救えるのは私心なき指導者だ


政官財・・・
賢者はどこに

「自らを律する精神」が欠如

1.張養浩、為政への情熱

『為政三部書』は、元の名臣・張養浩が自らの体験に基づいて大臣と法務監察官、地方行政官のために著わした政治の書で、日本でも徳川時代に珍重されたものである。
「廟堂忠告」「風憲忠告」「牧民忠告」の三部から成り、正身端坐しなければ読むことのできない熱情の込もった渾身の力作で、安岡正篤先生は初めて読んだときの感激を
「その刹那、何故か一種心の動くものを感じた」
と記されている。
そこには、為政への崇高な情熱と断固とした信念、そして宰相・大臣と法務監察官(官吏を監察する)および地方行政官の心得が事細かに書かれており、身の引き締まる思いがする。
今においても、いかなる分野の指導者にも心の糧になる指南書である。

2.用賢

張養浩によると、国家を治めるには「用賢」(賢者を用いること)が大切である。
「天下の職は宰相を択ぶより重きはなし。宰相の職は賢を用ふるより重きはなし。諸(これ)を人に詢(はか)れば則ち之を知る。其の行を察すれば則ち之を知る。挙ぐる所を観れば則ち之を知る」(『廟堂忠告』安岡正篤訳注)
首相や閣僚は賢者でなければ国が治まらない。賢者とは誠実にして無心な人。もし指導者が己に打ち勝つ人物でなければ国も企業も乱れ、滅びる。
昨今の政界をみるに、国民の痛みを忘れた与野党の経済政策論議、与野党内の派閥抗争、政治家の相次ぐ不祥事件は、全く腹立たしい限りだ。
賢者は一体どこにいるのか。

3.自律

「士にして身を律するは固(もと)より以て厳ならざるべからざるなり。・・・・・蓋し執法の臣は将に以て姦を糾し(ただ)し、悪を縄(ただ)し、以て中外を粛(いまし)め、以て紀綱を正さんとす。自ら律すること厳ならざれば、何を以てか衆を服せん」(『風憲忠告』)
私自身の反省を含め、今、日本全体に蔓延している悪弊の最たるものは、「自律」(自らを律する)精神の欠如である。
これが、姦を糾し、悪を縄すべき司法・警察当局や、綱紀を正すべき官僚組織に及んでいるから驚く。
既述のように企業においても、自律を全く失った企業の不祥事件が相次いでいる。

4.失われた60年を取り戻せ

日本は、第二次世界大戦後、世界が羨む高度成長を達成し、世界で最高の生活水準を実現した。
しかしその反面、「賢者」「自律」といった、国と人間の尊厳にとって最も重要な価値を失ってきたのではないだろうか。
それは、80年代バブルで失われた10年よりももっと大きな国家的損失である。
指導者は、この失われた戦後60年を取り戻すために立ち上がる崇高な精神と気概をもたなければならぬ。

バブルの余毒にひたる
最大の問題は"心の不況"



今こそ徳性と生命力の回復を!

21世紀の幕明け、2001年の9月11日、ニューヨークとワシントンから衝撃的な映像が世界に向けて発信された。
いうまでもなく米国の繁栄と経済力・金融力を象徴する世界貿易センタービルと軍事力の砦であるペンタゴン(米国防総省)がテロリストによって爆破されたテレビ映像である。
この米同時テロは、米国のみならず世界経済と国際金融市場にも大きな影響を与えた。日本経済にとっても大打撃となった。
日本は、平成金融恐慌の最終局面に突入した。そのため2001〜02年に銀行株が暴落し、日経平均株価は何度となくバブル崩壊後の安値を更新した。大銀行は国有化の危機に直面した。日本経済は深刻なデフレに見舞われた。失業者は増加の一途を辿った。
私は当時から「現下の日本で最大の問題は"経済的・金融的"不況ではなくして"心"の不況にある」という考えをもっている。
自分の反省を含めて、われわれ日本人は、まだ80年代のバブル期における生き方や生活様式から脱却できていないのである。
この日本が直面した経済的・金融的危機の真只中、国民の生活様式をみると消費生活も高級嗜好、グルメ・ブーム、海外旅行、株投機など、バブルのときから基本的に変わっていなかった。
テレビ番組の低俗化、雑誌の露骨な性描写、殺人事件の凶悪化・低年齢化など、社会的頽廃は目に余る。
「我々日本の国民は今猶、大戦当時の成金時代の余毒を脱しきらぬと思う。近代の唯物主義、功利主義、拝金主義、享楽主義はあの頃最後の猛焔を挙げた。異民族の大衆が、それこそ屍山血河の裡に浮かんでいる時、うつつをぬかして太平に陶酔した多数国民は、恐ろしく徳性は勿論、生命力を敗ってしまった。其後不況に俄然として色を失い・・・・」(『経世瑣言』)
これは、安岡正篤先生が昭和12年10月15日に当時の世相を憂えて書かれた文章である。
現在の日本と全く同じ状況である。日本は今もって80年代バブルの余毒から脱しきれず、功利主義、拝金主義、享楽主義に浸っている。
世界中に飢え、貧困、地域紛争、戦争が蔓延しているにもかかわらず、太平に陶酔している。
われわれ日本人は、重い心の病におかされ、心の不況の真っ只中にある。徳性と生命力の回復こそ、日本再生の前提条件といえる。

慎むべき欲望の追求
まず為政者が率先垂範を



1.抜け切らぬ成長への信仰

2002年以降日本経済は驚くべき回復を遂げているが聖域なき構造改革を掲げている小泉純一郎首相ですら経済成長に対する信仰から抜け切っていなかった。安倍晋三首相は経済成長最優先策をとっている。しかしながら日本人は経済成長至上主義や右肩上がりの成長信仰から脱却する必要がある。

2.「食無求飽 居無求安」

日本人は今、孔子の次の格言を思い起こしてみるべきだ。
「食無求飽<食飽かんことを求むるなく>、居無求安<居安からんことを求むるなし>」(『論語』学而篇)
贅沢な食事や安楽な住居を求めてはいけないというのである。
この孔子の戒めは現在の豊かな社会では死語となっているが、人間の欲望は限りなく拡大するものであり、絶えざる欲望の追求は個人の身を滅ぼすだけでなく、国家の経済も破綻の淵に追いやることになる。
実力を超えて設備を拡張した企業は、債務の負担に堪えることができずに破綻する。身分不相応に住宅ローンや消費者金融を増やした家庭は、個人破産に追い込まれる。
経済の高成長は、環境を破壊し、エネルギー、水、食糧などの有限な地球資源を枯渇させる。
世界的平均からみれば、日本人の生活水準は最も高いレベルに属する。
「貧而楽道<貧しくて道を楽しむ>」(同上)
貧しくても心が豊かな生活を送ることができる心構えと人格の陶冶が必要である。
  
3.為政者自ら率先を

国民にこのような自覚を促すには、為政者が率先垂範することが重要だ。
「為政者たるものが何等己を顧みることなくして、民力涵養とか、民心作興とか、教育振興とか、その他百般の政策なるものを調査講究し、いたずらに声色を大にして民に臨んでも、それで教化が行えるものではない。政治-教化はそんな虫のいい所作、機変ではなくして、厳粛な造化の問題である」(安岡正篤著『東洋倫理概論』)
与野党の政治家が財政危機や年金危機を声を大にして叫んでも、国民には空々しく響いてくる。それは政治家に誠心が全く欠けているからだ。。

厳しい日本を救えるのは
私心なき指導者だ



1.松平定信公の血書

時代はさかのぼるが、江戸中期に田沼意次の後を継いで老中の座に就いた松平定信公は、寛政の改革を断行するに当たって、江戸霊岸島の吉祥院に詣でて
「松平越中守 一命二懸ケ奉リ、心願仕リ候」
「越中守一命ハ勿論ノコト、妻子ノ一命ニモ懸ケ奉リ候。必死ニ心願シ奉リ候」
と祈願し、血書を奉納している。
現下の日本で指導的立場にある政治家や経営者、学者、評論家をみてみるがよい。自分の反省を含め命懸けで、まして妻子の命をも懸けて政治や経済、教育、社会の改革に真剣に取り組んでいる人物がどれだけいるであろうか。
一皮むけば、私利私欲で動く強欲な人間の集団である。
そのため例えば構造改革といっても、自分のことになると総論賛成で各論は反対にまわる。
私心が大義に優先している。
松平公は「万事ヲ慎ミ、質素礼譲ヲ厚ク心懸ケテ」改革に取り組んだ。私心を捨てて自ら範を示したのである。
現在の日本の政治指導者は特権を死守し、一般の国民以上の生活を享受しながら、真の改革を放棄している。
銀行の経営者は、公的資金つまり国民の税金を受けながら、最高水準の報酬を手にしていた。
いくつかの企業で不祥事が頻発している。
教授は大学改革に手もつけずにきれいごとを並べたてる。
最悪は倫理性を全く欠いたマスコミである。ここには命懸けの精神も無私の精神も全く欠如している。
今の日本を救えるのは私心なき指導者だ。

2. 新しい経済学・経営学の創造を!
二〇〇五年四月二十五日、JR西日本の福知山線で死者百七人、ケガに四百六十人を出す大惨事が発生した。JR史上かつてない規模の大きな事故である。原因は前の駅でのオーバーランによる一分三十秒の遅れをとり戻すため、運転士がスピードを出し過ぎ、急カーブで車両に遠心力が働いて脱線転覆したためである。制限時速七十キロを大幅に上回る百八キロのスピードを出していた。
関西の鉄道業界はJRと私鉄との競争が強烈で、JRでは超過密ダイヤが組まれ、正確な走行と遅れ挽回が運転士に対する精神的プレッシャーになっていたといわれている。「スピード」と「競争」の社会が引き起こした悲劇と言える。
現代はコンピューターの世界、そこにはそれこそ無数の半導体が組み込まれている。世界最大の半導体メーカーは、米国のインテル社だ。創業者の一人ゴードン・ムーアは、一九六五年、半導体の集積度が一年間に二倍の速度で高まっていくと言う「ムーアの法則」を発表、以後インテルは一貫して半導体の処理速度(スピード)を高める経営を追求してきた。
ところが創業から四十年の05年、CEO(最高経営責任者)のポール・オッテリーニは製品の「スピード」よりも「顧客ニーズ」を重視する経営路線に転換した。マクドナルドも05年創業五十周年を迎え、四月十五日を「マクドナルドの日」に制定した。"早くて安い"ファストフードに対抗して"ゆっくり食事を楽しもう"というスローフードが人気となり、肥満やBSEなどが社会問題化しているため経営戦略の変革を余儀なくされているのである。これは「スピード」から「クオリティー(質)」への転換である。
堀江貴文社長はニッポン放送のTOB(株式公開買い付け)により、わずか二カ月半の期間に四百四十億円の巨額な利益を手にした。独善的なメディア論を口にしていたが、結局はカネ、カネ、カネを至上哲学とするマネーゲームに過ぎないことを暴露した。ライブドアの利益の源泉はインターネットの金融業だ。ウォール街の「スピード」経営の申し子である。
JR西日本、インテル、マクドナルド、ホリエモンに共通している現象は、われわれが生きている世界に重大かつ深刻な反省を迫るものだ。
現代の世界は大量生産や高度成長を最優先とする経済政策を追求してきた結果、地球の自然環境は著しく傷つけられている。人類がこのままの「スピード」でエネルギーを消費し、水、森林などの資源を浪費していくと、二十一世紀の世界は環境破壊、資源涸渇の危機に見舞われ、近い将来、長期的発展を持続できない事態が到来するものと懸念される。企業経営も米国型のグローバル・スタンダードが導入され、効率的な「スピード」経営や株式時価総額の極大化が追求されている。マネーの世界は大量の資金が一瞬にして相場を動かす「スピード」そのものの世界だ。それが企業倫理、経営者倫理の喪失をもたらし、不祥事を多発させている。
希望がもてるのは、今の若者が環境保護や自然に対して深い関心をもっていることだ。新潟県中越地震にみられるように彼らは被災地の痛みや防災に目を向け、ボランティアに積極的に参加しようという感性や意欲をもっている。
われわれ大人の役割は、二十一世紀に人類が幸せに生き、共存共栄できるような社会を創造するため、新しい世代に松明を引き継いでいくことである。そのためには二十一世紀の新しい時代に対応する経済学・経営学の創造が必要である。