1. 人口大国が経済大国に 2003年は、米英による対イラク戦争、米国経済の後退懸念という悪材料があったにもかかわらず、株式市場は世界各地で「同時株高」の現象が起きた。 その中でもアジア、中南米の「エマージング・マーケット」(新興市場)は株式ブームに湧き返った。 注目すべきは、人口大国の株価急騰である。年間の上昇率は、ブラジル97.3%、インド72.9%、パキスタン65.5%、インドネシア62.8%、ロシア61.40%、ハンセン中国企業株が152%に達した (因みに米国の上昇率は25.3%、日本は24.5%であった。) この年、ウォール街でブラジル(BRAZIL)、ロシア(RUSSIA)、インド(INDIA)、中国(CHINA)の人口大国に目をつけ、4国の頭文字をとって「BRICs」と名付けた大手証券会社がある。ゴールドマン・サックスである。 『BRICsと夢見る ミ 2050年への道』と題する同社のレポートは 「2039年までにBRICsのGDP(国内総生産)はG6(米国、日本、ドイツ、イギリス、フランス、イタリア)を上まわる」 「2050年には、国別GDPは、中国、米国、インド、日本、ブラジル、ロシア、イギリスの順になる」 と予測している。 中国の人口は12億9500万人で世界第1位、インドが10億5000万人で第2位、ブラジルが1億7600万人で第5位、ロシアが1億4400万人で第8位となっている。つまり「人口大国」が「経済大国」に成長する事態が予測されているのである。 日本は、中国、インドに抜かれてしまうというのだ。 2. 日本はすでに中国に抜かれている? われわれは、日本が米国に次ぐ「世界第2位の経済大国」と思っている。確かに、世界的に経済規模を比較するGDPでみると、米国が世界第1位、日本が第2位である。 しかも日本は世界最大の債権大国。外貨準備高は世界一。経常収支の黒字額も世界一。貿易黒字額はドイツに次いで世界第2位である。経済大国にふさわしい数字が並んでいる。 しかしながら、経済規模で日本がすでに中国に抜かれているという見方もある。購買力平価でみたGDPだ。 購買力平価で換算すると、2003年の世界のGDPに占める比率は、中国が13%、日本が7%となっていて、中国は日本の2倍近くに達している。つまり購買力平価では、日本ではなく、中国が世界第2位の経済大国だ。同じくBRICsのGDPは世界全体の23%と、米国の21%を上まわっている。 購買力平価で各国の経済を比較する見方は、日本ではまだあまり知られていないが、IMF(国際通貨基金)などの国際機関では普及してきている。私はすでに数年前、購買力平価で換算した日本のGDPが中国に追い抜かれた事実を紹介している。 BRICsは、いずれも広大な国土と豊富な天然資源、そして世界有数の人口と労働力をもっている。BRICsの世界的存在感が今後ますます高くなっていくことは、間違いない流れである。 BRICsの名付け親ゴールドマン・サックス・インターナショナルのエコノミスト、D・ウィルソンは 「中国の高成長が物語るように、BRICsには無視できない潜在成長力がある。インドは中国に15年遅れをとっているだけだ。欧州ではロシアの存在感が劇的に強くなっていくだろう」(『日経金融新聞』2004年6月4日付) と指摘する。 15年前というと、1980年代後半のことである。中国は当時、_小平が音頭をとった改革路線で経済的飛躍へのスタートを切っていたが、日本はバブルの真っ只中、今日の中国の発展を予測した人はほとんどいなかったといってよいであろう。 この15年間で事態は一変している。これから15年後には、インド、ロシア、ブラジルに同じ状況が生まれても不思議ではないのである。 3. 国際秩序は激変する!! 現在、国際経済と金融に責任を持つ機関としては、第二次世界大戦後に米国のイニシアチブによって創設された「IMF」(国際通貨基金)と世界銀行が存在している。 また先進国から成る経済機構としては「OECD」(経済協力開発機構)があり、「G8」は、先進8カ国の財務相中央銀行総裁会議である。 これらの組織はいずれも、メンバーも運営方法も創設時とは大きく変わってきているが、「G8」について言えば、発足当初のメンバーは米国、日本、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダの7ヶ国で、「G7」(グループ・セブン)と呼ばれていたのである。OECDは先進国のクラブと言っても、メンバーは30カ国であるから、G7は先進国のエリート集団と位置づけることができる。 この「G7」に近年ロシアが加わり、「G8」になった。つまり今、BRICsの名で呼ばれるようになった国の一つが先進国のエリートの仲間入りをしてきたのである。そして現在、G8の中では、中国もメンバーに加えるべきであるとの意見も出てきていて、実現は時間の問題と見られている。 そうなればG8の次の候補は、南アジアの代表インドと、ラテン・アメリカの代表ブラジルだ。 「さまざまな紆余曲折はあっても、BRICsの経済は年間数%の高成長を続け、それほど遠くない将来、世界経済におけるBRICsのプレゼンスは飛躍的に増大する。 第二次世界大戦後、米国主導で創設され、半世紀以上続いてきた日米欧中心の国際経済・金融システムは、重大な転換点にさしかかっている」 ワシントンのコンサルタントのこの言葉に表現されているように、米国の政治の中心にいても、BRICsの台頭がひしひしと感じられるのである。 4. 日本埋没の危機 新興市場の中で現在脚光を浴びているのは、ブラジル、ロシア、インド、中国の人口大国だ。 しかしながら、BRICs以外にも、バングラディシュ、インドネシア、メキシコ、ナイジェリア、パキスタンの人口が1億人を超えている。 また、南アフリカのように、アフリカの中核国家として育っている国がある。 さらに、アルゼンチン、タイ、台湾、韓国のように、近年経済が急成長を遂げた中進国もある。 2050年までを展望すると、新興市場の発展が、世界経済に誰も予測できない激変をもたらす可能性が強いのである。 先のD・ウィルソンの言葉にあるように、15年前、誰が今の中国を予測できたであろうか。 ソ連が崩壊したとき、誰が今のロシアを予測できたであろうか。 そして米国企業がインドへ進出し始めた90年代初め、誰が今のインドを予測できたであろうか。 「BRICs」という言葉に接したとき、私の脳裏には「ASIAN NICS」(アジア・ニックス)が蘇ってきた。韓国、台湾、香港、シンガポールが世界経済の表舞台で華やかな脚光を浴びた時代である。 それからまだ数十年しか経っていない。世界経済は急テンポで変わっている。グローバルな競争は今後ますます厳しくなる。 日本がこの熾烈な競争に生き残るためには、経済が回復したからといって、「COMPLAYCENSY」(自己満足)に陥っていてはならないのである。 このような世界経済の大改革に対応するグランド・デザイン(大戦略)がなければ、日本は米国、EU、中国、ロシア、インドの覇権競争の中に埋没してしまう。 |